「ウチのセキュリティ、全然進まないんですよね。」——現場担当者からこの言葉を聞くたびに、僕は「原因はどこにありますか?」と聞き返すことにしている。
その答えで一番多いのが、「予算がつかない」「上が動いてくれない」という言葉だ。技術的な問題ではなく、組織の上位層が壁になっているというケースが、思った以上に多い。
情報セキュリティのコンサルティングをしていると、セキュリティが「進まない」組織には共通したパターンがある。今回はその核心——上司・管理職層の知識不足がどう影響するか——を正直に書いていく。
目次
1. 「進まない」には、パターンがある
セキュリティが停滞している組織に入ると、最初に確認することがある。「誰が止めているか」だ。
技術的な問題で止まっているケースは、実は少ない。ファイアウォールの設定が分からない、ツールの使い方が難しい——そういった問題は、専門家を呼べば解決できる。
もっと根深いのが、「やる必要があるという認識が、上に届いていない」状態だ。担当者はリスクを理解している。でも稟議を上げると「本当に必要なの?」と止められる。予算要求が通らない。対策の優先度が下がり続ける。
このパターン、地方の中小組織では特に顕著だ。IT担当が1〜2名しかおらず、経営層・管理職との距離が近い分、担当者の「言い方」ひとつで承認が左右される。そしてその「言い方」に詰まる理由のひとつが、相手の知識前提を読み誤っているからだ。
2. 上司の知識不足が生み出す「3つの壁」
管理職・経営層のセキュリティ知識が不足しているとき、現場には具体的に3つの壁が生まれる。
壁①:承認が遅い・通らない。リスクの深刻さが伝わらず、「とりあえず様子を見よう」という判断になりやすい。「情報漏洩が起きたら〇〇万円の損失になる可能性がある」という試算が添付されていても、その数字が現実感を持って受け取られない。
壁②:意識が現場に下りてこない。セキュリティは「担当者が勝手にやること」として扱われ、組織全体の課題にならない。トップダウンでの意識醸成がなければ、従業員教育もパスワード管理も「形だけ」で終わる。
壁③:インシデント発生時の判断が遅れる。いざ問題が起きたとき、何を報告すべきかの判断基準が上位層に共有されていないため、初動が鈍くなる。「これは報告案件か?」を判断できる管理職がいないと、現場は動けない。
3つに共通するのは、知識がなければ意思決定できないという当たり前の事実だ。セキュリティの話を「IT担当に任せた専門の話」として切り離している限り、この壁は消えない。
3. なぜ管理職はセキュリティを学びにくいのか
「じゃあ上司が勉強すればいいだけでは?」——そう思う気持ちは分かる。でも現実はそう単純ではない。
管理職にとって、情報セキュリティは優先順位が上がりにくいテーマだ。売上・人事・顧客対応……毎日の業務の中で、「まだ何も起きていない」セキュリティに時間を割く余裕は少ない。「火が出てから消す」文化が根強い職場ほど、未然防止への投資が後回しになる。
加えて、セキュリティの学習コンテンツは技術者向けのものが多い。CVSS、ゼロデイ、エンドポイント検知——こういった用語が飛び交う資料を渡されても、管理職には入口で詰まってしまう。
知識不足は「怠慢」ではなく、学べる環境が整っていないことに起因していることも多い。だとすれば、現場担当者にできることがある。
4. 現場担当者に求められる「翻訳」という技術
ISO27001の運用支援をしていて気づいたことがある。セキュリティが「動いている」組織の担当者は、技術を経営言語に翻訳するのが上手い。
例えば、「パスワードポリシーを強化すべきです」ではなく、「昨年の業界インシデント事例では、弱いパスワードが起因で1社あたり平均〇〇万円の損失が発生しています。当社でも同様のリスクがあります」と伝える。同じ内容でも、受け取られ方がまるで違う。
数字・事例・自社への影響——この3点セットに置き換えるだけで、承認率は変わる。「何が怖いか」ではなく「何が起きたら会社はどうなるか」という視点で話すことが、翻訳の本質だ。
ISMSの構築支援をしているとき、僕はよくこの「翻訳作業」を担当者と一緒にやる。現場が分かっているリスクを、上位層に刺さる言葉に変換する。それだけで、停滞していたプロジェクトが動き始めるケースを何度も見てきた。
→ ISO27001の「仕組み」の話はここに詳しく書いた:ISO27001とは何か?仕組み重視の情報セキュリティ入門
5. 正直に言う。構造の問題でもある
ただ、担当者の「翻訳スキル」だけに責任を押しつけるのは違うとも思っている。
多くの組織では、管理職・経営層向けのセキュリティ教育が体系化されていない。従業員向けの年1回の研修はあっても、意思決定層を対象にした実務的なインプットの機会がない。知らないのは個人の問題ではなく、仕組みとして教育が届いていない構造の問題でもある。
CISO(最高情報セキュリティ責任者)を置く企業が増えているのは、この問題への一つの答えだ。専門知識を持った人間を経営の意思決定の場に置くことで、翻訳の壁を取り除く。中小組織でCISOを置くのは難しくても、「セキュリティの窓口は誰か」を明確にするだけでも状況は変わる。
担当者が孤軍奮闘している状態は、組織のリスクだ。セキュリティを「個人の努力」で支えさせる構造こそ、改めるべき問題だと思っている。
6. 「上を動かす」のも、セキュリティ業務のうちだ
情報セキュリティが進まない理由を、「予算がない」「関心がない」の一言で片づけてしまうのは簡単だ。でも現場に入ってみると、多くの場合は「伝え方」と「仕組み」の問題で解決できる余地がある。
上司の知識不足は、現場担当者が諦める理由にはならない。むしろ、「どうすれば動いてもらえるか」を考えることも、セキュリティ担当者の仕事の一部だと思っている。
翻訳し、巻き込み、仕組みを作る。地味だが、それが組織のセキュリティ水準を本当に上げる道だ。
→ まず「見える化」から始めたい人へ:棚卸しから始めるISO27001——情報資産台帳をAIで効率化した話
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